読書記録『夜の鳥』

 

 タイトル『夜の鳥』(福武文庫)

 著者:トールモー・ハウゲン 山口卓文 訳

 

 主人公の少年ヨアキムの目線で語られる日常と想像力の豊かさにグングン引き摺り込まれてあっという間に読み終えた。子供ならではの空想力が肥大すると、見えないものが見えたり、聞こえないものが聞こえたりする。この少年ヨアキムはタンスの中から出てくる大量の鳥を見る。だから眠る前に箪笥に鍵をかけ、ベッドの下に何かがいないか確認しないと安心できない。

 私も子供の頃、寝ている時に巨大な芋虫の影が壁に映っているのを見たことがある。さらには両親の腹の上にちいさな芋虫が歩いている姿もはっきりと見たし、今でもその光景を覚えている。夜中に飛び起きて彼らにそれを伝えたのだけど、案の定二人には芋虫が見えていなかった。はらぺこあおむしにそっくりだったんだよなあ(誰にも信じてもらえないけれど、デパートへ出かける前に車に乗り込もうとした時、空の上に巨大なモスラがいて急いで家に戻ったことがある)。

 夜眠る前に必ず有線で「お話の国」を聞いていたために空想の力が肥大化し、自分の恐怖や不安が芋虫(はらぺこあおむし)やモスラに投影されていたのかもしれない……。真相はわからない。

 

 主人公のヨアキムは常に何かに怯えていて外が怖い。不安をもたらす原因のひとつに、自分よりもうんと背の高い女の子"サーラ"の存在がある(私はサーラの嘘が大好き)。

「(ヨアキムが住む)アパートの地下室に人殺しが隠れている」

「(ヨアキムが住む)アパートには魔女がいて部屋に引き摺り込まれ檻に閉じ込められてしまう。そしたらおじいちゃんになるまでそこで暮らさなきゃいけなくなる」

 こんな風にサーラはグリム童話的なホラを吹き、純粋なヨアキムはすっかりそれを信じ込む(信じないと殴られてしまうから信じるふりをしていることもある)。

 友達が恐怖を与えてくるのに加えて、教師の仕事がうまくいかず三日で仕事を放棄した神経症の父親がいる。その父親がある日帰ってこない。ヨアキムは一生懸命父親を探す。夜中に父親は帰ってくる。

 

 「どうして、きのうはいなくなったの?」

 「さびしさから逃げようとしたんだよ!」

 「どうして、そんなにさびしかったの?」

 「何一つ、ちゃんとできないからさ!パパのやる事なすこと、みんな間違ってしまうのさ!」

 

 この父親が弱さを思いっきり曝け出しているところが痛々しくて憎めないけれど、母親が日々疲れ切っていく様子もちゃんと少年の目には映っているのだった。

 親が帰ってこないかもしれないことほど不安なことはなく、どちらか一方が憔悴していく様子を見るのも心が痛い。自分の父親も夜に帰ってこなくって、母親が台所でひとり座っている姿を夜中に目撃したことを思い出した。父親も神経がおかしくなって、窓を覗いては「誰かに追われている」と思い込み、精神安定剤を服用していた。でもわたしは当時何にも気づいていなかったから、何も聞いてあげられなかった。

 

どうしていなくなったの?

どうしてそんなにさびしかったの?

 

と、いま聞きたい。いないから、聞けないけど。

 

 

 夜はぬれて、重かった。

 

 この一文が不意に出てくる。重かった、そうとしか言いようのない夜をおぼえてる。

 

 それにしても司修さんのカバー画が素敵いで、色も良い。食器棚の上に置かれてあったこの本を今日勢い余って手に取ってみてよかった。